ブルームーン①はじまり~ルミ登場

 

ブルームーン」2015.5.23~6.28

 

大切な人に想いを上手く伝えられない青年の ちょっと不思議でロマンティックな物語。

 

お寺の待合室でパジャマ姿のオサム(父)がお茶を入れているところからはじまる。戸の外からユタカ(横山裕)の声が聞こえて、あわててお茶を片付けようとするオサム。そこに勢いよく戸が開く。

 

ユタカ:何してんの!

オサム:誰か入ってくんのかなーと思って

ユタカ:みんな帰ったよ。あー疲れた・・・

そう言いながら袈裟を脱ぎ始めるユタカ。椅子に脱いだ袈裟をかけて、タオルでおなかやひざの裏の汗をふく。

ユタカ:あーあ、汗だく。耐えらんねえ。

オサム:おいここで脱ぐなよ!

赤いTシャツに白い半ズボン、白いタオルを首にかけて足袋も椅子の上に脱ぎ捨てた。

ユタカ:それより熱はどうなんだよ。

オサム:5度4分

ユタカ:は?なんだよそれ低すぎるだろ。

オサム:おれの平熱だよ。

ユタカ:いったい何度だったんだよ。

オサム:7度2分

ユタカ:お子様か!

オサム:バカ、大変なんだぞ?普段平熱5度4分が7度2分出てみろ?平熱6度4分は8度2分だよ。インフルエンザクラスだよ。

ユタカ:インフルエンザクラスなだけでインフルエンザじゃないだろ

オサム:疲れかな。通夜葬式通夜葬式で大変だったろ?

今日の法事は風邪で休んだオサム。

ユタカ:勘弁してくれよ!檀家の名前は間違えるわ!

オサム:えっ!?

ユタカ:やってくれたねえ、おやじさん。はい、ここで問題です。本日の法事3件中、最後のひと家族はだれでしょーか?

オサム:キタオさん

ユタカ:ぶーーーーーーーっ!!!!!アカイさんでございます。

オサム:どうやってアカイがキタオになるんだよ

ユタカ:こっちの質問だよ。少しも似てねえじゃないかよ!えーただいまからキタオカズエさんの一周忌法要をはじめますって言ったら、7名様皆様大きな声で「はあ!!!」って!はあ!!の大合唱だよ。「何か?」って聞いたら「うちはアカイです」だ。

オサム:ははははは あっ

ユタカ:何だよ分かったのかよ

オサム:アカって言ったら共産圏。共産圏って言ったらロシア。ロシアと言ったら北の方。北の方・・・キタノホウ・・キタオだよ。

ユタカ:なんだよそのスレスレの連想ゲーム。

オサム:で?どうしたんだよ法事。

ユタカ:どうしたもこうしたもねーよ!アカイ家の皆様、「ありがたみ無いなあ。本当はキタオさんにあげるお経だったんだもんなー」って顔してましたよ。

ユタカは終始怒りっぱなし。煎餅を食べているユタカにオサムがお茶をついであげようとする。

 

ユタカ:あああいいよもう!水飲むからあ

ユタカは水をつぎに席を立つ

オサム:何でだよお

オサムもその後ろをぴったりくっついて行く

ユタカ:暑いからに決まってんでしょー!

オサム:あっついときこそ、あっついお茶でしょー!

‟喧嘩するほど仲が良い”を絵にかいたような親子。ユタカは水をついで椅子にまた座る。待合室の奥には小さな台所があり、そこで水は使えるようになっている。

ユタカ:どうする、何か食いに行く?

オサム:そろそろどうにかならないかね。

ユタカ:何があ!

 
 

 オサムは椅子を傾け、脱ぎ捨ててあったユタカの足袋を床に落とし椅子に座る。ここからユタカの幼馴染であり、長年付き合っているルミの話になる。

オサム:どうなんだよルミちゃんとは、最近ずいぶん来ないじゃないか

ユタカ:仕事が忙しいって

オサム:してないのか?結婚の話は

ユタカには早くルミちゃんと結婚してほしいと思っているオサム。前は2人でミュージカルを見に行ったり、ルミはお寺のコーラス部を手伝いに来てくれていたことを嬉しそうに語る。

ユタカ:やめろよもう、へこむからあ・・・

オサム:へこむ?別れそうなのか?きらきらしてないのか?

オサムは自分の椅子をユタカに近づける。

ユタカ:するかよ10年以上付き合って。会っても仕事の愚痴ばっか、キラキラする要素どこにもねえっつーの。

オサム:それを愚痴りたかったのか。ルミちゃんは何の仕事だっけ?

ユタカ:ミュージカルの製作会社。

オサム:何やってんの?

ユタカ:製作だよ!製作の会社なんだから

オサム:プロデューサーってこと?

ユタカ:もっと下っ端!中間管理職的なとこだって

オサム:ああ、板挟みか

あまりルミのことに触れてほしくないユタカと、それを全く気にせず質問攻めするオサム。ユタカ自身、会っても仕事の愚痴やミュージカル俳優さんの話ばかりのルミに少し不満がある様子。

オサムもルミちゃんが仕事柄、ダンサーに心を奪われるのではないかと心配する。

オサム:夜のダンスを求められたらどうすんだよ!断りきれねえぞ~?

ユタカ:ばばばば、ぶあっかじゃねえの?坊主が夜のダンスとか言うなよ!あー満たされない。どっか弁当でも買いに行こっかな~

食べかけの煎餅を机に置き、そこから立ち去ろうとするユタカ。しかしオサムが先回りする。

オサム:ルミちゃん誘って食いに行ってこいよ!

ユタカ:だから仕事だって!

オサム:土曜だろ?今日は

ユタカ:土日は舞台が忙しいの!

オサム:電話くらいしてみろよ

ユタカ:・・・今何時

2人とも壁にかかった大きな古時計を見上げる。

でもどうやら時間がおかしい。進んでいる?止まっている?そんな状態。

オサム:あー、もうダメだなこの時計。この前はま子さんが来た時に直したばっかだぞ?

本当の時間を知りたいが、自分の時計が無いことに気が付くユタカ。どこにやったか考える。

ユタカ:あ!外して本堂だ!

法事の際に本堂で外していた時計を取りに戻ろうと戸を開けようとしたところに、一人の女性が入ってくる。

ユタカ:すいません、こんな恰好で

女性:いいんですよ

やってきたのは、檀家のはま子。近くの写真屋で、よくお寺のことも手伝ってくれている。今日はオサムが熱を出したと聞いて、心配で来てくれたそう。

ユタカ:熱すっかり下がって、5度4分ですって

はま子:体温計で測れる限界に近いですねえ

ユタカは脱ぎ捨てていた袈裟を手に持ち、さっきオサムが床に落とした足袋を足でこっそり引き寄せて裏へ隠す。

はま子:ちょっと片づけましょうかね

さっきまで水や煎餅を食べていた机を見て、はま子が片づけを始める。

オサム:あ~ うちにはま子さん2人ほしいな!

ユタカ:さっきもほんと助かったよ。俺が汗だくになってるの見て、ささっと横に手ぬぐい置いてくれてさ。あっ

残ったお茶を片付けようとしてこぼしてしまったユタカ。そこでもさっと布巾を持ってきてくれるはま子。

はま子:いいのよ坊っちゃん

オサム:こいつに今一番必要なのは、手ぬぐいを置いてくれるような若い奥さんですよねえ。長すぎた春なんですってえ!誰かが・・・ケツをたたかないと!

自分のお尻をたたきながら、はま子にもユタカとルミの話を持ち掛けるオサム。

はま子:だったらわたし、お手柄かもしれませんよ?今日コンビニに寄ったの。そしたらね?うふふふ

ユタカ:ルミ?

はま子:そう!ルミさんがいらっしゃってね、住職の体調の伝えたら、あとで行きますって

ユタカ:あいつ来るって言ってました!?

あきらか慌て始めるユタカとは反対に、嬉しそうなオサムとはま子。

オサム:はま子さん、108人ほしいなあ!!

体調が悪かったはずなのに、寿司を取ろうと浮かれるオサム。

ユタカ:ルミに余計なことすんなよ!俺ら2人の話なんだから!

オサム:(・・・)

ユタカ:なんで無視?

オサム:話さないよ!でも俺は俺でルミちゃんと楽しくしゃべる!

ユタカ:なんだよ低体温!

オサム:だってなあ!俺はいやだよ!・・・はい。

ユタカ:何がだよ!そこで終わんなよ!何がいやなんだよ!

オサム:お前ひとりに看取られて死んでいくのがだよ。俺はなあ、お前と若い嫁とに看取られて死にたいんだ・・・いっそお前なしでもいい。嫁に看取られて死にたいんだ。

ユタカ:いっそはま子さんに看取ってもらえよ~

はま子:え?わたしの方が先じゃないかしら

ユタカの肩をたたくオサム。

ユタカ:また返しようのないことを~

はま子:考えちゃいますよ…そろそろお店も閉めようかと思って。

長年続けてきた写真館を閉めようかと考えているはま子。

ユタカ:やめないでくださいよ!

今まで七五三等の行事ごとは全てはま子さんに撮ってもらっていた向坂家。ユタカもオサムもやめてほしくないが、来週ははま子の母親の13回忌。あの世の母も許してくれると思う…はま子はそう語る。

~♪

すると何やら音が聞こえてくる。あの古びた掛け時計が12時を知らせているようだ。

ユタカ:戻ってる。これすごい勢いで戻ってる。

どうやらまた時計がおかしいらしい。

オサム:はま子さん、時間は?

はま子:12時8分

ドンッ…

今度は何かが落ちてきたような音が聞こえた。

はま子:何か壊れたんですかねえ

オサム:本気で修繕だな

ユタカ:ねえ、ここっていつ建ったの?

オサム:戦前かな

はま子:檀家のみなさん、お手洗いは洋式が良いって言ってますよ

オサム:あと、階段も床がきしむってね

 

さっき音がした方を探す。

はま子:あっ 何でしょうこれ

オサム:これが落ちてきたのか

ユタカ:ってどこからあ!

オサム:知らねえよ

不可思議なことが重なりやっぱり機嫌が悪いユタカとマイペースなオサム。

はま子:これ、ただの靴じゃありませんよ?タップシューズ。

ユタカが椅子に靴の底をたたきつけてみる。

ユタカ:ほんとだ、タップシューズだ

黒くてピカピカのタップシューズ。椅子にたたきつけると、靴の底からいい音がする。大きくて男物のようだ。

オサム:ルミちゃんの仕事仲間の?

ユタカ:何故にだよ。何故にルミの仕事仲間のタップシューズがここにあんだよ。ありえねーだろ。

オサム:そういえば、ここで昔映画の撮影したんだっけ。確か名前は

はま子:トニー河村!

どうやらトニー河村のポーズなのだろう。はま子が両手を広げて独特なポーズをとる。トニー河村ははま子の父親であり、ミュージカルスター。映画の主演にもなったことがあるが、その映画は公開されなかったという。その映画を撮影したのが、このお寺で、2階の部屋も控室に使用していた。近くの小学校なども撮影に使われたとはま子は語る。

オサム:でも映画スターと写真家の娘じゃ、まわりに結婚は反対されたんじゃないですか?

はま子:まわりというか、祖母がね。母の顔が地味だからって。星は星と結ばれてほしかった。なのに石ころと結婚するなんてって。

ユタカ:じゃあ何で結婚したんですか?

はま子:昨日母の夢を見たんですよ…

その夢は、今過ごしているお寺の待合室での話だった。母が椅子に座ってて、「母さん、母さんが母さんの法事に来てどうすんのよ」と言ったというはま子。すると母は「お父さんに会えないの。あの世に行ってからずっと探してるのに、ずっと会えないの。私のこと恨んでるのかしら。結婚したこと後悔してるのかしら。」と悲しい声で言ったらしい。

オサム:ああ…

ユタカ:ウソ泣きだろ!

オサム:わはははは

ユタカ:あーーもう!何でそんなことすんだよ

オサム:よかれと思って。

こんな時まで陽気なオサム。ユタカははま子に歩み寄る。

ユタカ:でも後悔なんて言われたらはま子さんが一番つらいですよね。だってお父さんとの間にはま子さんが生まれたんですから。

はま子:一度でいいから父と話してみたかった。

はま子の父は、はま子が一歳になったときに亡くなっている。そんな話をユタカに打ちあけ、ユタカはそれを優しい表情で聞いていた。が・・・

ドンドン!ダッ ドダンドダン!

ユタカ:ちょっと待ってくださいね。おい、おやじ!何やってんだよ!

どうやら音は2階にいるオサムからのものらしい。靴がどこから落ちてきたか探っているようだ。

ユタカ:それはもういいよ!

 

女性:ごめんくださーい

戸の外から女性の声が聞こえてきた。

オサム:あっ!

はま子:ルミさん!

声の主は、ユタカの幼馴染であるルミ。2人の喜ぶ声と、なんだか気まずそうなユタカが対象的だ。

2階に居たオサムは急いで階段をかけおりる。

オサム:うわあ!!!

階段の手すり部分の柱が抜けてしまった。

オサム:ボロボロだあどこも

それを何事も無かったかのように戻すオサム。

オサム:わ!すっぽりはまる。

ユタカ:…いらっしゃい

ルミ:お邪魔しまーす。あれ?おじ様お風邪は?

オサム:疲労でした

ユタカ:仮病でした

ルミ:じゃあ、これ良かった?おかゆがいいかなーと思って。

カバンからオサムのために作っていたおかゆを取り出す。

ルミ:でもユタカくんの分ないのはアレかなーと思ったので、ほら…おかずも作ってきたんです

保温がされるカップにおかゆと、タッパにおかずを作ってきてくれたルミをオサムは気がきくな~と嬉しそうにする。

はま子がはそれを、お皿につぎ分けようとする。

ルミ:ああ!すいませんはま子さんの分までは!

はま子:いいんですのよ、わたしのことは。

オサム:じゃあさじゃあさ!冷蔵庫にあるものではま子さんに何か作っていただいて、みんなで食べるっていうのは?

はま子:ああ!

ルミ:じゃあ、わたしやります!

はま子:いいのいいの。ルミさんは、坊っちゃんとここで。

ルミ:でも!

オサム:いいのいいの。坊っちゃんとこ・こ・で。

ユタカ:坊っちゃん言うな!

オサム・はま子:どうぞっ ごゆっくり~

オサムとはま子は仲良く声を合わせながら戸を閉め、ユタカとルミを2人っきりにした。